体験せずにゲームを語る
2012年5月31日(木曜日)
体験せずにゲームを語る
公開: 2012年6月3日23時45分頃
こんな記事が……「日本人の得意領域・「ゲーミフィケーション」がやってきた! (business.nikkeibp.co.jp)」
面白そうだと思って読んでみると、こんな記述が。
これについて日本人読者のみなさんに理解していただくには、日本人が一番よく知っている『ドラゴンクエスト』というゲームを例にとると説明しやすいということだ。
本当のことを言うとドラゴンクエストについては、今回鈴木さんに教えてもらって初めて詳しく知ったことなのだが、私なりにポイントをまとめてみなさんにお伝えすることにしたい。
伝聞でしょうか。なんだか嫌な予感がしつつ、続きを読んでみると……。
ドラゴンクエストではゲームを起動すると最初に自分と老人しかいない狭い部屋からゲームが始まる。
(~中略~)
次に、動いていくとどうしても老人とぶつかる。ぶつかるとちょうど2人が向き合う形になる。そこで「はなす」(話す)というコマンドが画面に現れるのでボタンを押すと老人が「ゆうしゃよ」(勇者よ)と話し始めて情報を提供する。こうして最初に誰かと話をすれば情報が手に入るという体験をした後に初めて部屋の扉が開いて、主人公は冒険の旅に出られるように設計されているのだ。
うーん、やはりと言うべきか、だいぶ違いますね。
ゲームを始めるとまず名前の入力があるのですが、それが終わると、確かに狭い部屋から始まります。しかし、老人と二人きりではありません。王様と主人公に加え、兵士が三人いてそれなりに賑やかです。また、宝箱三つと扉、部屋の外にある階段が見えています。
そして、以下のようなメッセージが流れます (以下、「●●●●」は自分が入力した名前)。
- 「おお ●●●●! ゆうしゃロトの ちをひくものよ! そなたのくるのをまっておったぞ。
- 「その むかし ゆうしゃロトが カミから ひかりのたまをさずかり まものたちをふうじこめたという。
- 「しかし いずこともなくあらわれた あくまのけしん りゅうおうが そのたまを やみにとざしたのじゃ
- 「このちに ふたたび へいわをっ!
- 「ゆうしゃ ●●●●よ! りゅうおうをたおし そのてから ひかりのたまをとりもどしてくれ!
- 「わしからの おくりものじゃ! そなたのよこにある たからのはこを とるがよい!
- 「そして このへやにいるへいしにきけば たびのちしきを おしえてくれよう。
- 「では また あおう! ●●●●よ!
文脈と口調から、目の前にいる人物が話していること、その人物が王様だということが推察できると思います。簡単にストーリーを説明した後、「宝箱をとれ」「兵士に話を聞くと良い」と言っていますね。
この後、動けるようになります。たいていの人は、言われたとおりに宝箱を取って、兵士に話を聞いてから出発するでしょう。
宝箱を無視して進むことはできません。老人が通せんぼうしているから……ではなくて、部屋の出口に扉があるからです。扉を開けるには鍵が必要で、鍵は宝箱に入っています。
つまり、先に進むためには以下のような行動が必要です。
- 宝箱の上に移動する
- Aボタンを押し、コマンドを表示する
- 「とる」コマンドを選択する (ちなみに、「しらべる」を選択しても「たからのはこが ある!」と言われるだけで、中身は入手できません)
- 扉の前に移動する
- Aボタンを押し、コマンドを表示する
- 「とびら」コマンドを選択する
- 階段の上に移動する
- Aボタンを押し、コマンドを表示する
- 「かいだん」コマンドを選択する
この行動を通じて、「上下左右で移動できる」「移動中にAボタンを押すとコマンドが表示される」といった事が学べます。また、コマンドの一覧を何度か見ることになるので、どのようなコマンドがあるのかを学ぶことができます。
なお、兵士を無視して進むことは可能で、「はなす」コマンドはここでは必須ではありません。
※さらに言うと、宝箱三つのうち、お金とたいまつの入った箱は取らなくても進めます。取らずに進むと、宝箱はなくなってしまいます。
2番目の要素、レベル設計では、スタートした直後は誰もがレベル1なのだが町の外に出るとすぐに弱いモンスターが出現して、戦ってそれを倒すとすぐにレベル2に上がるようになっている。戦うと経験値が得られて、経験値が増えるとレベルが上がり、レベルが上がるとより強い相手を倒せるようになるというゲームの基本構造が分かって、ゲームの参加者にとってはレベルを上げることがゲームを先に進めることよりも当面大切になってくる。
これもちょっと違いますね。
初代のドラクエは丸腰でスタートします。丸腰のまま戦うこともできますが、戦う前に装備を調えるのがセオリーです。
城を出ると、すぐそばに町が見えます。まずは町に寄り、王様がくれたお金で装備を買うことになります。最初の町では以下のようなものが買えます。
- たけざお 10G
- こんぼう 60G
- ぬののふく 20G
- どうのつるぎ 180G
- かわのふく 70G
- かわのたて 90G
- りゅうのうろこ 20G
- やくそう 24G
- たいまつ 8G
この中から何を買うのか迷うのが楽しいわけですが、慣れた人は「こんぼう」「りゅうのうろこ」あたりを買うのが一般的でしょうか。最近作の感覚からすると、薬草がやたらと高く感じますね。
※最初の所持金は120Gなので、「どうのつるぎ」には手が届きません。これもなかなか絶妙な設定で、「どうのつるぎ」を購入することが自然と目標になるわけです。
装備を調えたら戦闘開始ですが、最初はスライムとスライムベスしか倒せません。初期レベルでは「ドラキー」でも強敵ですし、「ゴースト」や「まほうつかい」にはまず勝てません。町の周辺をうろうろして経験値を稼ぐ必要があります。
こんぼうを装備していれば、スライムは1~2発、スライムベスは2発で倒せます。経験値はどちらも1で、レベル2までに必要な経験値は7。つまりスライムを7匹狩ってやっとレベル2です。
レベル2になっても呪文を覚えるわけでもなく、そこまで劇的に強くなるわけではありません。プレイヤーの実感としては、「レベルが上がったようだけど、そんなに強くなっているの?」という感じでしょう。実際、まだしばらくは稼がないと厳しいはずです。
レベル3になるとホイミの呪文を覚えて、安定感が格段に増します。ゴーストにもまあ勝てるようになり、このあたりでようやく強さが実感できるようになるでしょう。
※ちなみに初代はホイミの回復量が10~15くらいしかなく、薬草よりも弱いです。それでもホイミがあるのとないのとでは大違いです。
では、レベルが上がるまで実際にどのくらいの時間がかかるのでしょうか。以下は、初代ドラクエのRTA (リアルタイムアタック、実プレイ時間を測定するタイムアタック) をされた方の記録です。
- DQ1(FC版) リアルタイムアタック ラップタイム表 (www5d.biglobe.ne.jp)
ゲーム開始からレベル2まで約4分30秒、レベル3まで10分30秒かかっています。これはタイムアタックの記録ですから、普通にプレイした場合はもっとかかるでしょう。「すぐにレベル2に上がる」というのはあまり妥当でないように思います。
ということで、大筋として言っていることは間違っていないのかもしれませんが、ドラクエの冒頭のシーンの描写はかなり怪しいです。著者自身が言っているとおり、著者はドラクエを体験しておらず、伝聞の内容もあまりきちんと理解できていないのでしょう。
しかし、なぜ実際に体験してみようと思わなかったのでしょうか。この著者は人づてに聞いたドラクエの冒頭の話を面白いと思い、それを広めようとしているわけです。そこまで興味を持っているなら、冒頭だけでもプレイしてみれば良さそうなものでしょう。
実を言うと、少し前まで、初代のドラクエはプレイしにくい状況でした。最近のハードではリメイク作も出ていませんし、Wiiのバーチャルコンソールでも出ていません。当時のソフトやハードはさすがに入手が難しいでしょう。
しかしラッキーなことに、昨年はドラクエ発売から25周年で、それを記念して初代ドラクエがWiiで復刻されました。「ドラゴンクエスト25周年記念 ファミコン&スーパーファミコン ドラゴンクエストI・II・III (www.amazon.co.jp)」として販売されており、これは今でも容易に入手できます。つまり、プレイしたいと思えばできるわけです。
結局のところ、著者は実際にプレイしてみたいとまでは思わなかった、ということなのでしょう。
この話から得られたのは、以下のような教訓です。
- 自分のよく知らない分野の話を書くときは、ちゃんと調べてから書かないと、その分野に詳しい人には一目で分かるような間違いを書いてしまうことがあります。
- ゲームの手法によってどんな「体験」がもたらされるのかが重要なはずなのに、それを全く体験しようともしない人が「ゲーミフィケーション」という言葉を使っている場合があるので要注意。
- ゲームの手法は、コントローラーを握ったプレイヤーに対しては有効でしょう。しかし、ゲームに興味がない人にコントローラーを握らせることまではできません。
まあ、要するに「ゲーミフィケーション」を語るのは実際にゲームをやってみてからでも良いのではありませんか、ということです。できればアンリミテッド:サガ (www.amazon.co.jp)くらいはプレイしてから語るようにしたいものです。
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