水無月ばけらのえび日記

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日本の数学は大丈夫なのか

2012年2月24日(金曜日)

日本の数学は大丈夫なのか

公開: 2012年3月4日23時55分頃

こんなものが公開されていますね……「日本数学会「大学生数学基本調査」に基づく数学教育への提言 (mathsoc.jp)」。

分析の概要としては、こう書かれています。

基本調査の結果とその分析

問1では「平均の定義と定義から導かれる初歩的結論」、「少し複雑な命題 の論理的読み取り」のどちらも誤答率が高く、論理を正確に解釈する能力に問題があることを示しています。

問2。記述式入学試験を課している難関国立大学の合格者を除くと、「偶数と奇数の和が奇数になる」証明を明快に記述できる学生は稀、という結果になりました。二次関数の性質を列挙する問題では、意味不明の解答が多く、準正答のなかにも、すでに挙げた性質と重複する性質を再度挙げる解答が目立ちます。論理を整理された形で記述する力が不足しています。

問3では、平面図形を定規とコンパスで作図するということが何を意味するのか理解していない解答が多く見られました。高校までの教育で、こうしたことがきちんと教えられていない可能性もあります。

学生の数学力に問題があるということのように思えます。しかし、「大学生数学基本調査報告書(概要版)」というPDFを読むと、かなり違った印象を受けます。

調査は5問あり、それぞれについて正答率や分析が書かれているのですが、いろいろな意味で興味深い内容が見受けられます。

問1-1

最初の設問は「平均」の性質に関する問いです。ニュースでは「4人に1人、平均の意味がわからず」として報道されたので、印象に残っている方もいるのではないでしょうか。

実際にはこういう問題でした。

ある中学校の三年生の生徒100人の身長を測り、その平均を計算すると163.5cmになりました。この結果から確実に正しいと言えることには○を、そうでないものには×を、左側の空欄に記入してください。

  • (1) 身長が163.5 cm よりも高い生徒と低い生徒は、それぞれ50人ずついる。
  • (2) 100 人の生徒全員の身長をたすと、163.5 cm × 100 = 16350 cm になる。
  • (3) 身長を10 cm ごとに「130 cm 以上で140 cm 未満の生徒」「140 cm 以上で150 cm 未満の生徒」・・・というように区分けすると、「160 cm 以上で170 cm 未満の生徒」が最も多い。

以上、http://mathsoc.jp/comm/kyoiku/chousa2011/surveyslip0955.pdf より

(1)はメジアン(中央値)、(2)は平均、(3)はモード(最頻値)の説明になっています。平均の意味というより、メジアンやモードと混同していないかが問われているようにも思います。

そして(2)は平均の性質を説明していますが、「確実に正しい」とまでは言えないでしょう。平均は「163.50cm」ではなく「163.5cm」と書かれています。これは、小数第二位を四捨五入している可能性があるというふうに読めます。つまり、合計は16345cm以上16355cm未満の任意の値である可能性があり、必ずしも16350cmぴったりとは言い切れません。

しかしまあ、空気を読んで(2)を正しいとするべきなのでしょう。

この問題の正答率がこんな感じ。

-国S国公A国公B私S私A私B私C全体
正答率%94.880.473.883.064.856.051.276.0

こうして見ると、十分に高いのではないでしょうか。当てずっぽうだと12.5%の確率でしか正解できない問題ですが、高偏差値の大学ではほぼ全員が正解、低偏差値の大学でも半数以上の人が正解しています。

問1-2

こういう問題です。

次の報告から確実に正しいと言えることには○を、そうでないものには×を、左側の空欄に記入してください。

公園に子供たちが集まっています。男の子も女の子もいます。よく観察すると、帽子をかぶっていない子供は、みんな女の子です。そして、スニーカーを履いている男の子は一人もいません。

  • (1) 男の子はみんな帽子をかぶっている。
  • (2) 帽子をかぶっている女の子はいない。
  • (3) 帽子をかぶっていて、しかもスニーカーを履いている子供は、一人もいない。

以上、http://mathsoc.jp/comm/kyoiku/chousa2011/surveyslip0955.pdf より

命題の問題ですね。

「帽子をかぶっていない子供は、みんな女の子」なので、その対偶である「男の子はみんな帽子をかぶっている」は真になります。

また、逆である「女の子は帽子をかぶっていない」や、裏である「帽子をかぶっている子はみんな男の子」は、必ずしも真ではありません。

「スニーカーを履いている男の子は一人もいません」という条件では、女の子がスニーカーを履いている可能性が否定されていません。帽子をかぶっている女の子がいる可能性があり、その子が同時にスニーカーを履いている可能性があります。

これは正解してほしいと思いますが、正答率はこんな感じです。

-国S国公A国公B私S私A私B私C全体
正答率%86.566.860.666.856.944.541.664.5

平均の性質を問う問題よりも正答率が低いですね。じっくり考えれば分かる問題だと思うのですが、考えるのが面倒くさくてテキトーに答えた人もいたのかもしれません。

それでも半数以上の人が正解しているので、「論理を正確に解釈する能力に問題があることを示しています」という評価が妥当なのかどうかは意見が分かれそうです。

問2-1

偶数と奇数をたすと、答えはどうなるでしょうか。次の選択肢のうち正しいものに○を記入し、そうなる理由を下の空欄で説明してください。

  • (a) いつも必ず偶数になる。
  • (b) いつも必ず奇数になる。
  • (c) 奇数になることも偶数になることもある。

以上、http://mathsoc.jp/comm/kyoiku/chousa2011/surveyslip0955.pdf より

問題文は「理由を説明してください」とカジュアルな感じで書かれていますが、実は出題者は厳密な証明を求めていて、そのことを悟れるかどうかが問われる問題です。

証明は、nを整数としたとき、偶数は2n, 奇数は2n+1と表せるという良くあるやつです。m,nを整数としたとき、2n + 2m + 1 = 2(m+n) + 1 で、m+n は整数なので 2(m+n)+1 は奇数です。

正答率はこんな感じ。

-国S国公A国公B私S私A私B私C全体
正答率%41.221.910.213.510.64.31.419.1
正答+準正答%76.635.716.327.820.611.83.133.9

これは低いですね。

「重篤な誤答」が多数あったとされていますが、その例には以下のようなものがあります。

  • 2+1=3、4+1=5だから
  • 思いつく偶数と奇を足してみたら すべて奇数になったから
  • 割り切れないから
  • 奇数は奇数を足さないと偶数にならないから
  • 偶数は2で割り切れて、奇数は2で割ると1余るということから
  • どんなに数が大きくなろうとも、1の位は同じ循環をし続けるから
  • 偶数をたすことは和の偶奇に影響を与えないため、奇数に偶数をたすと、いつも必ず奇数になる

こうして見ると、「証明できなかった」という以前に、そもそも証明しようという意思が全く感じられない回答が多かったということのように思えます。

このような回答をした人は、問題文の「そうなる理由を説明してください」という文言を、「あなたが(b)に○をつけた理由を書いてください」という意味に解釈したのではないでしょうか。問題文はそう解釈できてしまう文言ですし、そう解釈するならば、これらの回答はあながち間違っていないでしょう。

偏差値の高い大学とそうでない大学との差が大きいのも、受験慣れしている人がこの問題を証明問題と理解したのに対し、そうでない人はカジュアルな質問だと解釈する傾向があったからかもしれません。

問題文の文言が「証明してください」になっていれば、それだけで正答率が跳ね上がっていた可能性が高いのではないかと思います。少なくとも、「重篤な誤答」に挙げられているものの多くは出てこなかったのではないでしょうか。

はっきり言えば問題の文章が下手なのであって、こんな問題を出しておきながら「論理を整理された形で記述する力が不足しています」などと評価されても困ります。

問2-2

2 次関数 y = -x^2 + 6x - 8 のグラフは、どのような放物線でしょうか。重要な特徴を、文章で3 つ答えてください。

以上、http://mathsoc.jp/comm/kyoiku/chousa2011/surveyslip0955.pdf より

「重要な」特徴を3つ、という曖昧な問題です。回答はたくさんあり得ますが、質問者が何を「重要」と考えているのかよく分かりません。xに適当な値を代入して「点(0,-8)を通る」「点(1,-4)を通る」「点(2,0)を通る」などと書けば、どれも間違いではないのでしょうが、「重要」という要件に該当するのかどうかはよく分かりません。(0,-8)や(2,0)はそれぞれy軸、x軸と交わる点なので、それなりに重要な気はしますが……。

回答例は載っていますが、回答例のほかにも正解があるということのようで、採点基準はよく分かりません。細かい基準は、後で別途公開されるものと思います。

ちなみに、この問題にも「重篤な誤答」があったとされています。報告書にはこのようにあります。

重篤な誤答とは,採点者がかなり想像力を働せても,回答者が何を意図しているかを理解が困難な,論理的コミュニケーションの前提が崩壊している誤答である。

以上、http://mathsoc.jp/comm/kyoiku/chousa2011/report2_21.pdf より

重篤な誤答の中には、以下のようなものもあります。

  • 原点は-の位置にある
  • 原点がy軸より右
  • 原点が上

これらは、「原点」と「頂点」の取り違えでしょう。そう考えれば、少なくとも回答者の意図は分かるはずです。これを「かなり想像力を働せても、何を意図しているか理解が困難」と評価してしまう採点者は、ちょっと想像力が足りないのではないかな、と感じます。

もちろん、「原点」と「頂点」を間違えている時点で不正解なのでしょうが、「論理的コミュニケーションの前提が崩壊している」というのは言い過ぎでしょう。

しかしそもそも、採点者に想像力を要求する時点で、問題が不適切なのではないかという疑問がわきます。

ともあれ、正答率はこんな感じです。

-国S国公A国公B私S私A私B私C全体
正答%54.944.342.231.433.020.18.739.5
正答+準正答%75.359.754.044.943.227.712.453.0

思ったより正答率が高いように感じますが、採点基準が分からないので評価のしようがありません。

余談ですが、報告書では、回答傾向の説明に折れ線グラフが使われています。しかし、何かが推移しているわけでもなく、線の傾きから何を読み取れば良いのか分かりません。普通は折れ線グラフにはしないところでしょう。

問3

右の図の線分を、定規とコンパスを使って正確に3 等分したいと思います。どのような作図をすればよいでしょうか。作図の手順を、箇条書きにして分かりやすく説明してください。なお、説明に図を使う場合は、定規やコンパスを使わずに描いてもかまいません。

以上、http://mathsoc.jp/comm/kyoiku/chousa2011/surveyslip0955.pdf より

難問です。知っていれば解けるし、知らなければ無理な問題でしょう。正答率はこうです。

-国S国公A国公B私S私A私B私C全体
正答%13.03.72.52.22.00.50.34.4
正答+準正答%22.65.84.97.13.31.90.37.6

国Sでさえ13%しか正解者がいません。

報告書にはこう書いてありますが、

この問題は,相似を利用した具体的な問題解決の好例として,ほとんどの中学 3年数学教科書で取り上げられている

少なくとも私は見たことがないですね。社会人でもほとんど解けないのではないかと思います。

そしてこんなコメントも。

学生の多くが,作図という言葉を「垂直二等分線書くこと」と短絡的に結び付ける傾向がある。

二等分線をいくら書いても三等分にはならないにもかかわらず, 四等分線あるいは3/8等分線を「三等分線である」と強弁す答案が続出

作図問題の解法が分からないとき、「とりあえず補助線を引いてみる」というのは有効なアプローチでしょう。線分が与えられたとき、とりあえず引く線として垂直二等分線が採用される可能性は高いと思います。あるいは、2等分や4等分のやり方に何かのヒントがあるかもしれないと考えて、実際にやってみたのかもしれません。

結果として、この問題は、そのアプローチでは解けない問題でした。しかし、分からない問題に出会ったとき、いきなり投げ出すのではなく、何らかの方法でトライしてみるというのは良い姿勢だと思います。それで解ける問題もあるはずだからです。

採点者は、そのようなアプローチの形跡を、単なる「強弁」に過ぎないと評価しているわけですが、その姿勢には疑問を感じます。

そして概要では、この結果を「平面図形を定規とコンパスで作図するということが何を意味するのか理解していない」と評価しています。つまり、この問題は本来、「平面図形を定規とコンパスで作図するということを理解しているか」を問うことを意図していたのでしょう。

だとすれば、国Sでも13%しか正解できないような問題は完全に失敗と言って良いと思います。問題作成者は反省すべきだと思いますが、報告書には反省の気配は全く見られません。上から目線で評価している場合ではないと思いますが。

なんというか暗澹たる気持ちになりました。

まず、問題のクオリティが低いです。問1はまだまともですが、問2以降は、出題者が試そうとしていたものとは異なるものが試されてしまっています。さらに、問題の文章が下手で、そのために意味が理解されなかった疑いがあります。回答者の数学力を計ることができていない可能性があり、調査はほとんど失敗と言って良いのではないかと感じます。

また、「重篤な誤答」と称されている内容の中には、問題文やシチュエーションを考えれば理解できるものも多く、採点者の理解力や想像力の欠如が疑われます。そのためか、誤答の理由についての考察も未熟で、概要として掲げられている評価のほとんどは妥当でないように感じました。

日本数学会がこんなレベルで、日本の数学は大丈夫なのでしょうか。

とはいえ、この報告書はまだ概要版でしかなく、正式な報告書ではありません。正式な報告書では、もっと違った分析がされることを期待したいところです。

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