数学的思考の技術
2011年8月5日(金曜日)
数学的思考の技術
公開: 2011年8月13日17時30分頃
タイトルに完全に騙されました。
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数学の本と思って購入したのですが、なんと経済学の本でした。騙された……と思いましたが、最後まで読んでみると非常に面白かったです。
序盤はゲーム理論を中心とした経済の話なのですが、心理的な効果を考慮した話が面白いと思いました。この手の話では、人間が常に客観的に見てリターンの期待値の高い行動を好む……といった前提が置かれている場合がありますが、本書では「主観的な確率」というものがあると説きます。
- 経済活動で直面する不確実な現象の中に、客観的に確率を判断できるものは少ない
- 人が確率の情報を持っていない (物事がどちらに転ぶのか分からない) 場合、悪い方の可能性が気になってしまう
- 衰退産業X、円高に強いが円安に弱い産業A、円安に強いが円高に弱い産業B、があったとき、Aは円安が、Bは円高が気になって選択できず、Xを選択してしまう
このように、相反する特徴を持つ二者のどちらも選ばれない現象を「ダウ&ワーラン効果」と呼ぶそうで。
その他、以下のような話が印象に残りました。
- ネットワーク外部性 …… ネットワークの利便性は、それ自体の利便性だけではなく、利用者の数に依存する。そのため、大ブームや一人勝ちが発生する。BD vs HD DVD にも同じ効果が働き、ほとんど差がないはずのものが、最終的には圧倒的な差になる。
- サーチ理論 …… 需要と供給のバランス、というモデルでは売り買いのコストが考慮されていない。実際には商品を探すのにはコストがかかり、距離的・時間的な制約もある。これを「摩擦」として考慮するモデルがある。
中盤からは、経済学が目指すものは何かという話。私がいちばん面白いと思ったのは、企業のCSR活動 (CSR = Corporate Social Responsibility, 企業の社会的責任) が説明されていることです。
ところが、このような考え方が一概に正しいとは限らないことが次第に明らかになってきた。実際、今世紀に入る前後から、企業の行動が明らかに変容してきている。
(~中略~)
これまでの企業は、ちょっとでも利益を大きくするために環境を平気で犠牲にしてきたが、今度は全く同じ利潤動機から、環境配慮を目指すようになったというのは、驚くべきことであり、前世紀の経済学者たちには想像も及ばなかった展開に違いない。
以上、p123~p124 より
企業の行動の変容は、大企業のウェブサイト構築に携わっている人なら、誰しも感じていることではないでしょうか。
ある程度以上の規模の企業は、ほぼ間違いなく「CSRレポート」やそれに類する名前の冊子を発行しています。その力の入り方は冊子の厚さから推測できますが、厚くなることはあっても、薄くなることはほとんどありません。その発行と前後してウェブコンテンツも更新するのですが、それがまたエモーショナルなコンテンツとなることが多く、けっこうなコストがかかります。それでも、それを削減しようという動きはほとんど見られません。
私が驚いたのは、経済学がこのような動きを説明しようとしているということ、しかも合理的な利潤追求活動であるとして整理しようとしていることです。私が普段目にする「経済学者」の発言からは全く想像できない流れで、ひどく驚きました。
※むしろ、私が普段目にする「経済学者」が微妙すぎるのだと思いますが。
他に気になったのはこのあたり。
- デフレ不況のメカニズムと小野理論 …… デフレ時は、所有している貨幣が増加したことを快楽と感じて満足してしまう人がいるため、従来理論の言うように貨幣を増やしても脱出することはできない
- 従来の経済学の想定する消費者の「最適行動」「抜け目ない裁定戦略」は、ひどく現実離れしている
- 制度学派 …… 人間を、「
絶えず新しい展開を求めて、夢を持ち、その夢を実現しようとする本源的な性向と歴史的に受け継いできた習慣を持った、一個の有機的存在
」と見る
もうひとつ、強く印象に残ったのがこのくだりです。
筆者の観察する限りにおいて、周りの若者たちは必ずしも「お金がない不幸」には思えないのである。
彼らは、インターネットでそこそこの文章をタダで読み、音楽や動画をタダでダウンロードし、無料でゲームをしている。これらは、貨幣経済を経由しないモノやサービスのやりとりである。ここには、「所得に現れない効用」が存在する。
以上、p171 より
※強調は原文のまま
勝間和代vsひろゆきのやりとりを思い出しました。オープンソースソフトウェアの多くも「所得に現れない効用」の例になるかと思います。
騙されたと思ったわりには興味深い内容が多く、非常に満足です。これを機に、最近の経済学にもう少し触れてみたいとも思いました。
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