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2010年12月26日(日曜日)

取り調べの可視化と嘘の自白

公開: 2010年12月30日22時10分頃

図書館の事件でも警察の捜査のあり方について議論されていますが、昨日から今日にかけて、また別な警察の話が盛り上がっていたようです。

警察の態度云々はいったん置いておくとして、興味深いと思ったのは取り調べ可視化の話です。「犯人を自白させるためにはある程度強圧的な取り調べが必要だ」「強圧的な取り調べができなくなると警察の捜査にマイナスだ」という考え方をお持ちの方もいらっしゃるようで、興味深いですね。

まず知っておいたほうが良いと思うのは、やってもいない犯罪について、自分が犯人であるかのような嘘の自白をしてしまう人がいるということです。最近の事例では、足利事件の菅谷さんが「自白」していたことが記憶に新しいでしょう。

強圧的な取り調べは、真犯人よりも、犯人でない人からの自白を引き出しやすくなります。真犯人は「自白したら有罪になる」と分かっていますから、厳しい取り調べにも頑張って耐えます。それに対し、無実の人は、無実であるが故に「真実は必ず明らかになる。たとえここで嘘の自白をしても、裁判で自分の無実は証明されるはずだ」などと考えてしまいます。

このあたりのメカニズムは「自白の心理学 (www.amazon.co.jp)」で詳しく述べられていますので、興味のある方は一読されると良いのではないかと思います。

※このメカニズムは、「人狼」というゲームを知っている人には理解しやすいかもしれません。偽者は偽者であるが故に、本物だと信じてもらうために最大限の努力をします。それに対し、本物は本物であるが故に「信じてもらえるはずだ」という油断が生じやすいものです。結果として、偽者のほうが信頼されるということがよく起こります。

嘘の自白は恐ろしいものです。無実の被疑者の人生を大きく狂わせるのはもちろんですが、それだけではありません。嘘の自白は、真犯人を逃がしてしまいます。実際、多くの冤罪事件では真犯人がみつかっていません。嘘の自白を回避することは、警察や社会にとって大きなメリットになるはずです。

嘘の自白を見破ることは可能です。真犯人でなければ知り得ないことを知らないわけですから、自白の過程で不自然な供述が出てきます。その不自然な部分は誘導によって修正され、最終的な供述書には残りません。ですが、過程を記録しておけば、自白が不自然でないかどうか検証することができます。取り調べの可視化は、嘘の自白を見抜くために大きく役立つはずです。

ただし、取り調べの可視化を行うと、見かけ上は未解決事件が増えるおそれがあります。以前ならニセの犯人を有罪にして終わっていたはずの事件が、未解決で終わる可能性があるからです。また、証拠がない事件をムリヤリ有罪に持って行くことが難しくなるかもしれません。

とはいえ、そもそも日本国憲法38条にはこんなことが書いてあるわけで……。

第三十八条  何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

○2  強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。

○3  何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

以上、日本国憲法 より

「どう考えても怪しい奴が、証拠がないという理由で無罪になっても良いのか?」と思われる方もいるかもしれません。その疑問に対しては、私は明確に「それで良い」と考えます。そもそも、証拠もないのに「どう考えても怪しい」と思うこと自体がおかしいわけですが……。

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