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2016年6月

2016年6月3日(金曜日)

JIS X 8341-3:2016の訳語見直しのこぼれ話

公開: 2016年6月3日16時15分頃

2016年3月22日、JIS X 8341-3:2016が公示されました。この改正原案をウェブアクセシビリティ基盤委員会 (WAIC) (waic.jp)が作成しており、私も原案作成委員として参加していました。改正の内容については、「JIS X 8341-3:2016 解説 (waic.jp)」「Web担当者のためのアクセシビリティセミナー 〜JIS X 8341-3:2016の公示を踏まえて〜 開催報告 (waic.jp)」などをご覧いただければと思います。

最近、あちこちのセミナーなどでこの改正について説明されていますが、2010年版の規格から変更になった点のひとつとして、「訳語の見直し」が紹介されることも多いようです。「JIS X8341-3:2016 — Website Usability Info (website-usability.info)」でも取り上げていただいています。訳語の見直しに関しては私がかなり主体的に関わった部分で、この部分を評価していただけるのはありがたい限りです。

実は以前から、2010年版の用語で絶対にここだけは直したいと思っていた部分がありました。それはこの記述です。

7.2.2.4 中断に関する達成基準

利用者が中断を延期又は抑制することができなければならない。ただし,緊急を要する中断は除く。

注記 この達成基準は,等級AAA の達成基準である。

正直、私は当初、この「中断」というのが何を指しているのか分かりませんでした。中断を延期又は抑制するとは、具体的にどういうことなのでしょうか?

ちなみにこの原文は以下のようなものです。

2.2.4 Interruptions: Interruptions can be postponed or suppressed by the user, except interruptions involving an emergency. (Level AAA)

2016年版ではこの翻訳を見直し、最終的にこのようになりました。

2.2.4 割込みの達成基準

割込みは,利用者が延期,又は抑制することができる。ただし,緊急を要する割込みは除く(レベル AAA)。

この他にもいろいろ見直していますが、私の印象に残っている部分をいくつか紹介しておきます (中には、私がいまだしっくり来ていないものもあります)。

達成方法

2010年版では "Techniques" を「実装方法」としていましたが、これを「達成方法」としました。Techniques for WCAG 2.0で挙げられているのは達成基準を満たすためのテクニックですが、中にはコンテンツ側の実装によらないものもあります。たとえば、「G142: ズーム機能をサポートする一般に入手可能なユーザーエージェントのあるウェブコンテンツ技術を用いる (waic.jp)」では、ズーム機能をサポートするブラウザを使えばコンテンツ側は何もしなくて良いことになります。

そのため、「実装」という語は使わないほうが良いだろうという議論になりました。対応の案としては、そのまま「テクニック」とする、「達成手法」とする、などさまざまな案が出ましたが、結局「達成方法」とすることで落ち着きました。

提示

2010年版では、達成基準7.1.3.1に以下のような文章が出てきます。

7.1.3.1 情報及び関係性に関する達成基準

表現を通じて伝達されている情報,構造及び関係性は,プログラムが解釈可能でなければならない。プログラムが解釈可能にすることができないウェブコンテンツ技術を用いる場合は,それらはテキストで提供されていなければならない。

「表現を通じて伝達されている」という言葉の意味がわからない、というのが私の感想です。ちなみに原文はこうです。

1.3.1 Info and Relationships: Information, structure, and relationships conveyed through presentation can be programmatically determined or are available in text. (Level A)

"conveyed through presentation" の部分が問題なのですが、"presentation"という言葉は定義された用語で、頻出します。原文の定義は以下のようになっています。

presentation

rendering of the content in a form to be perceived by users

定義された用語ですから、場合によって訳語が変わってきては困ります。そのまま「プレゼンテーション」としてはどうかという案もありましたが、結局のところ「提示」と訳すことになりました。2016年版の達成基準1.3.1はこうなっています。

何らかの形で提示されている情報,構造,及び関係性は,プログラムによる解釈が可能である,又はテキストで提供されている(レベル A)。

2010年版よりは分かりやすくなったのではないでしょうか。「提示」という訳語は個人的にはどうも違和感があるのですが、規格の中で明確に定義されている用語ですので、定義されたとおりの意味に解釈していただければと思います。用語のほうは以下のような訳になっています。

提示(presentation)

利用者が知覚できる形式でコンテンツをレンダリングすること。

ちなみに、用語集の側では括弧書きで原文も併記していますが、これは理解の助けにするという意味のほかに、もうひとつの意味があります。原文では用語の出現順がアルファベット順なのですが、一致規格とする場合にこの出現順を編集することはNGであるらしく、並び順は原文のままにしておく必要がありました。訳語だけ書くと並び順のルールがさっぱり分からないため、原文を併記することで、原文のアルファベット順の並びであることが分かるようにしました。

全角文字

2010年版では、達成基準7.1.4.8に以下のような文章が出てきます。

b) 1 行の長さを,半角文字(英数字以外も含む。)で80 文字以内(日本語,中国語及び韓国語の場合は,40 文字以内。)に収めることができる。

原文はこれです。

2.Width is no more than 80 characters or glyphs (40 if CJK).

2010年版の訳は、原文とはいろいろ違っているように思えます。"2." が「b)」になっているのはJIS規格の書式の都合で、これは問題ありませんが、その他の差異については検討する必要がありました。「1行の」は原文にないのではないか、"characters or glyphs" が「文字」で良いのか、などいろいろ論点はありましたが、最大の問題は原文の "40 if CJK" をどう訳すかということでした。

まず、ここでの"CJK"が何を指すかが問題になりました。Unicodeの「CJK統合漢字」に含まれる文字を指すようにも思われますが、そうすると全角英数記号などは含まれないのかという問題が出てきます。ここでは行の幅を問題にしているので、いわゆる全角文字は全て含むべきですが、原文はそこまで厳密に書かれているわけではないようです。

定義の厳密さは気にせず、CJKを2010年版のとおり「日本語,中国語及び韓国語」とする案もありましたが、それでは文字の話ではなく言語の話をしているように読めてしまうという意見が出ました。最終的には、ここはあくまで文字の幅を問題にしており、原文の意図としては「全角文字」ということで良いのではないか、この表現が日本の読者に最も伝わりやすいのではないか、という話で落ち着きました。

結果としてこうなりました。

b) 幅が80 字を越えない(全角文字の場合は,40 字)。

2010年版と比べてかなり短くなりましたが、必要なことは言えているのではないかと思います。

と、いくつか紹介してみましたが、いろいろな部分を見直しています。全体を翻訳しなおしたわけではなく、分かりにくい箇所や、原文と意味が異なっている (主に補足説明が追加されている) 部分を見直したに過ぎませんが、それでも作業にはおよそ1年ほどかかりました。

本来であれば、2016年版のJIS規格の公示に合わせて、関連文書の日本語訳 (WCAG 2.0 解説書 (waic.jp)WCAG 2.0 実装方法集 (waic.jp))のアップデートもしたかったのですが、そこまでは手が回っていないというのが原状です。翻訳作業については今後、Githubで作業内容を公開しつつ、WAICの外部の方にも自由にご協力いただけるような形で進められないかと考えているところです。

※以下、2016-06-03 18:55頃追記

ということで、正式に募集を開始しました……「WCAG関連文書の翻訳に関する臨時作業部会の設置および委員の募集 (waic.jp)」。興味をお持ちの方はこちらを参照していただき、ご連絡いただければ幸いです。

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