視点を変えると浮力の正体がわかりやすくなる
2011年6月27日(月曜日)
視点を変えると浮力の正体がわかりやすくなる
公開: 2010年7月8日0時10分頃
あのピンポン球水力発電にまさかの続報が……「記者も感激! さいたま市の80歳男性が発明した「夢のエネルギー製造装置」に迫る」。 (sankei.jp.msn.com)
高校の時は数学や理科が苦手で文系に進んだ私。今回の取材には基礎的な知識が不足しているかもしれないと、以前に取材で知り合った都内の某大学理学部物理学科2年で力学や電磁力などを学ぶA君(20)に同行してもらった。
個人的には、このA君にかなりの感銘を受けました。
A君に計算してもらったところ、この装置で生み出される電力は1ワットにも満たないという。しかし、装置をもっと大きくして球の大きさを変えると、理論上、電力はそれに比例して大きくなるそうだ。
A君は「これ、高校2年生くらいの物理の学力があれば理解できる仕組みですよ。でもそんな簡単な知識でこんなこと思いつくなんて」と感心しきりのようだった。
一見すると、A君はニセ永久機関を絶賛してしまっている……というようにも見えるのですが、注意深く読んでみると、実はA君、永久機関だとかエネルギー問題が解決するといったことは一言も言っていないのですね。この装置が電力を生み出しているのは事実ですし、大きくすれば電力が増えるのも事実です (注入しなければならない水の量が増えるだけですが)。「こんなこと思いつくなんて」と感心してみせる場面でも、「こんなこと」の具体的な内容はコメントしていないという周到ぶり。嘘にならない範囲で、発明者の面子をつぶさないようにうまく立ち回っているように見えました。
……と、A君の世渡りスキルに感心したところで本題です。
物を落とせば確かにエネルギーは生まれる。しかし、落としたものをどうやって持ち上げるか。それに悩む日々だった。ある日、練習用の水に浮くゴルフボールを手にしたとき、ひらめいた。
「これだ。浮力だ。水を張ったパイプの中ならそれが可能だ」
浮力を使えば何も力を加えずに物を持ち上げることができるので、無尽蔵のエネルギーを生み出せる……という素晴らしい「発見」をしてしまったわけですね。確かに、水の中で物が浮かびあがるとき、何の力も加えていないのに、物体が上に向かって動いているというように見えます。しかし、それは誤解です。浮力は何もないところから無尽蔵に生じているわけではないのです。
浮力の正体は、視点を変えてみると分かりやすくなります。というわけで図を用意してみました (インラインSVGで描いているので、最近のブラウザでないと見えないと思います。見えない方はごめんなさい。できるだけ文中でも説明します)。
図の左側は、縦長の容器に水を満たし、ボールを沈めたところです。どうやってこの状態にするのかという問題は、今は考えないことにします (とりあえず、きわめて細い針金のような物で押し込んで手を離した直後の状態だと考えてください)。
この後、ボールは浮かび上がります。ボールが中央まで来たところが真ん中の図で、最初にボールがあった位置を点線で示しています。ボールに注目すると、単にボールが真上に動いたように見えます。
ここで視点を変えて、ボールではなく、水の動きに注目してください。最初、点線の位置にはボールがあり、水はありませんでした。今は点線の位置にはボールがなく、かわりに水で満たされています。単にボールが動いたのではなく、水とボールの位置が入れ替わったと見ることができます。
さらに進み、ボールが水面に浮かび上がったのが図の右側の状態です。ここでも水に注目すると、図の左の最初の状態よりも水面が下がっています。水中にあったボールが水から出ましたので、その体積の分だけ水面が下がります。
と、こうして水の動きに注目すると、ボールが上に向かって動くとき、水が下に向かって移動していることに気付きます。
ボールを水の中に押し込む場合には、逆の動きが生じます。
先の図の右端の状態からボールを取り除き、何らかの方法で底に押し込んだ図です (方法は問いませんが、まあたとえば、外に水は漏らさないが外からボールが入れられる弁のような物があって、底付近に取り付けられていると考えてください)。この状態で、ボールを押し込むと図の右の状態になります。ボールが水中に入り、同時に、水面が上昇しています。
ボールを押し込むことで、水を上に押し上げているわけです。逆に言うと、ボールを押し込むためには、水を持ち上げる力が必要です。力が足りないと水が持ち上がらず、ボールも水の中に入ってくれません。
ここで手を離せば最初の図のようになります。ボールは浮き、持ち上げられていた水は再び下がり、元に戻ります。力を入れてボールを押し込むと水が上がり、手を離すと水が下がってボールが上がるわけです。この動作は、どこかで見たことがあるのではないでしょうか。
そう、シーソーと変わらないのですね。
上図のシーソーでボールが持ち上がるのは、水に働く重力によるものです。そして、もう分かったと思いますが、浮力も水の重力によって生じています。
水に重力がはたらいて水圧が生じます。水深が深ければ深いほど、上にある水の量が増えますから水圧が高くなります。そのため、物体の下面での水圧が上面よりも高くなり、物を押し上げる力が働きます。元を辿れば、これは水が重力で下がろうとする力です。シーソーにおもりを乗せると反対側が上がる、というのと同じことでしかないのです。
ですから、物が浮くときは、必ず同じ体積の水が下がっています。そして、水の方が重いのです (水の方が軽い場合は、物は沈みます) から、水が持っていた位置エネルギーを上回るようなエネルギーを得られることはありません。
それでも浮力を使った永久機関を「発明」をしてしまう人がいたり、それを肯定的に報じてしまう人がいたりするのは、物が浮くという現象が意外に分かりにくいものだからでしょう。普通は浮かび上がる物の方に注目してしまいますし、水中で水が動いてもその動きは見えにいものです。手品師にミスディレクションされているかのように、本質から目を逸らされてしまう要素があるのが面白いですね。
※遠心力を利用した永久機関というのを考え出す人も多いわけですが、それも似たような話なのでしょうね。
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